第 9 章 The Day 電話が切れた。 だけど、僕はすぐに、受話器を置こうとしなかった。 ″おんなおとこ〃 数年ぶりに耳にする単語に、僕の記憶中枢が強く刺激されたのだ 僕がまだ夢を持っていた頃。 僕は慎太郎にいじめられていたことがあった。 『今村 : : オマエ、女子になれや ? その方が似合うとるわ』 『ナョナョよしくさりおってからに。うっとおしいんじゃ、この " オンナオトコ〃がっ ! 』 あの頃の僕は、ガキ大将肌だった慎太郎にひどく嫌われていて。 自分ではナョナョしていたつもりはなかったけど、当時は女の子の友達の方が多かった から、そう呼ばれても仕方ない雰囲気ではあった。 でも、その頃から僕は夢を持っていた。 本気で宇宙飛行士になれると信じていた。 そのための努力もしたし、夢を共有し合える人もいた。 それに比べて今の僕はーーーホントに " 女男…なのかもしれない 763
かぎ とりあえず、僕は扉の鍵をあけ、おもむろに室内へ足を踏み入れる。 なぜ 中に、人影はない。間違いなく、女の子の声が聞こえたはずなのに、何故だろう ? ーーー真相は、すぐ頭上で明らかにされた。 : な、なんで、なんでえ 2: 「あ : : : 抜けちゃう : : ぬわあっ ? 」 「きゃあ ! 」 悲鳴が聞こえた次の瞬間、僕は背中に衝撃を受け、リノリウムの床にキスをさせられた。 おかげで、歯と鼻が異様に痛い。 ? ご、ごめんなさいっ ! あ、あの : : : 大丈夫ですかあ ? どうやら、上から女の子が落っこちてきたらしい もちろん、大丈夫じゃない 「は、早く : : : どいて、ください・ 絞り出すような声で、懇願する僕。 : って、あれ ? 「は、はいっー 女の子は僕の上からどこうとして、不意に動きを止めた。 そして。 2
とんだ、トラブル・ガールだ。 何とい一つか 「しようがないなあ : : : よっと」 僕は軽くジャンプして、天窓に引っかかったスカートをつかみ取る 「はい、どーぞ」 「わあ、ありがとーっー うれ すると女の子は、これ以上ないくらい嬉しそうに笑った。 「うふふ、すごいんだ。あんな高い所なのに ) 」 「スカ】ト取りに無理されて、また落ちてこられたらたまんないからね」 「えー、そんなことないよー。わたしだって、同じような失敗は二度も三度も : 「繰り返さない ? ・ : 善処しますです、はい 照れながらモジモジする仕種が、なかなか可愛らしい 女の子は窓際のカーテンの裏へ行って、スカートをはき直す。 さりげなく視線を逸らしながら、僕は当然の質問をした。 「ところで : : : 一体ナニをやってたの、キミは ? 」 すると、カーテンが妙な揺れ方をした。女の子がカーテンの裏で、身振り手振りを交え
『今度会う時は、笑ってみる』 ほとんど笑ったことのない彼女が、そう約束してくれた あれから、もう何年経つんだろう。 女の子はこの天美市から去り、僕は星空が嫌いになった。 じゃあ、女の子がこの街に戻ってきたら、僕は再び星空を好きになるだろうか ? 恐らく、そんなことはないだろう。昔の、つらい記憶がなくなることは、ないのだ から そういえば、あの女の子は、僕のことを覚えてるだろうか ? まさき 「 : : : おい、正樹 : : : 」 え】と、確か 僕も、彼女の名前をすぐには思い出せない いまむら 「コラア ! 聞いとんのか、今村正樹いっ ! 」 そうそう、イマムラマサキ。ーーーって、僕の名前じゃないかー 驚いて後ろを振り返ると、そこにはあきれ果てた表情の慎太郎が立っていた。 「オマエ、魂抜かれたみたいな顔して、何をボサ 1 ッと廊下に突っ立って、窓の外を眺め てんねん ? 」 いや、ちょっと、物思いに : あまみ
こうして、夜空を見上げるのは、嫌いだ くらやみ 雨の日は濡れるだけだし、曇天の夜空は単なる暗闇でしかない それに 晴れ渡った星空を見るのは、つらい 星、天文、宇宙ーーロケット。 ゅううつ 星空にまつわる全てのイメージが、僕の記憶を過去に引き戻し、憂鬱な気分にさせる みすしましんたろう ゅうあい 去年、友愛学園の天文部に入部したのも、自分の意志じゃない。悪友の水島慎太郎に引 きずられるようにして、籍を置いてしまっただけだ。 ころ だから、夏休みが開けた頃から、僕は部室に顔を出さなくなった。 2 年生に進級した今 となっては、すっかり幽霊部員だ。 星空についての最後の「 ( ー思 ( 出」は、僕がまだ小学生だった頃までさかのばら ないといけない 僕は草原で、同級生の女の子と二人で、夜空を見上げていた。 それは、既に転校が決まっていた女の子との、最後の思い出でもあった。 しね』 『いっか、あの星まで行けたらい、 引っ込み思案だった女の子が、初めて自分の夢を語ってくれた。 『転校 : : : したくないよう : : : 』 たった半年のクラスメ 1 トだった僕に、彼女は涙ぐんでみせた。そして。
「きゃあああああっ ? わ、わたしのスカート、どこ行っちゃったのーっ ? 」 いきなり悲鵈を上げながら、僕の上で暴れ出したー 「ぐ、ぐええ : ・ : ・ど、どいて : : : 胃が破裂、する : : : 」 「ダメです、今はダメです : : : あーっ、ダメダメダメ ! 起きないでくださー ・ ( ゲシゲシゲシ ! ) ー 「はぐべばしつ 容赦ない蹴りが、僕を襲う。 「わたしのスカートがないんですーっー 今起きたら見えちゃう】っ ! 」 「わ、わかったから : : : 僕の上着を貸すから : ・ : ・ ( ゲシッ ) ぐはあ ! 」 結局、僕が理不尽な暴力から解放されたのは、どうにか上着を脱いで女の子に渡し た後だった。 「ふうー、死ぬかと思った : : : 」 「ご、ごめんなさいー」 女の子は、下半身を僕の上着で隠しながら、申し訳なさそうな表情を見せた。少しハネ かわ 気味の長髪が似合う可愛らしい娘だが、着ている制服がウチの学校ーー友愛学園のもので 彼女が、おもむろに天窓の辺りを見上げた。そこには、彼女のモノと思われるスカート 見な
ようやく、梅雨も明けようとしていた、ある日。 「ナニ読んでるの ? 休み時間、瞳が珍しく文庫本を広げていた。 僕が声をかけると、瞳はいたずらつばい表情を浮かべて 「 : : : タイトルを一一一口うので、ジャンルを当ててください」 「おつ、クイズだね」 「タイトルは『冷たい方程式』です。さあ、ジャンルはなんでしよう ? 」 フッフッフ。いくら何でも、それは基本でしよう、瞳くん。 「トム・ゴドウインの書いただね」 「せいかーい 。やつばり知ってるね ) 」 うれ 再び文庫本を取り出す瞳。どことなく嬉しそうに見えたのは、気のせいだろうか 「あれだよね。限られた燃料で飛ぶ宇宙船に、密航者が乗った話」 「そうそう。その密航した女の子の体重の影響で、船が星に戻れなくなる : : : だから、そ の子を早く宇宙に放り出さなければならない。そうしないと二人とも死んじゃうから」 ところが、その表情がふと影を帯びる。 「結局、女の子は救われることなく、宇宙で死んでしまうの : 「 : : : あれ ? 読んでる途中なのに、結末知ってるんだ ? 、 0 、ン 、と本を隠す。
「星見卩」 「今村 ? 図らすも、僕と彼女の声がハモる 息が詰まりそうなほどの、驚愕。 ひとみ 「星見つて : : : もしかして、星見瞳さんかいな」 慎太郎までが、僕の横で驚きの声を上げる。 その時、僕の脳裏をよぎったのはーーーあの夜の、泣き顔。 『転校 : : : したくないよう : : : 』 あの女の子がーーー星見瞳さんが、天美市に帰ってきたのか ! と。 「つばり : : : 」 「えっ ? 」 「やつばりそうだったんだあ ! ま 1 くうん ! 」 少女は僕に抱きっこうとしてか、両手をバッと広げて飛び出そうとした。そして。 べタンツ 2
ふと気が付くと、瞳が僕を見ていた。 嬉しそ一つに、困ったよ一つに。 瞳はこのことを知っていたんだろうか ? ダメだーー、素直に瞳を見ることができない 僕はわずかに、目をそらした。 直後ーー・一瞬前の映像が、僕の心臓を締めつけた。 今の、瞳の顔ーー異常に真っ青だった ! とっさに、さっきまで瞳がいた場所に目を向ける でも、そこに瞳の姿はない ハタンー・ー何かが倒れる音がした。 「きゃあーっ ? 」 「女の子が倒れたぞー 「だ、大丈夫 ? 章「ど、どうしたんだ 2: たれ 第「誰が倒れたって ? 」 : ねえ ? ねえってばっ 2: 」 757
ーーー室内から、物音が聞こえてきた。 だれ 誰かいるのか ? それにしては、明かりが点いてないようだけど 「あ 5 ん、抜けないよーう」 不意に、女の子の泣き声が聞こえた。 会 再同時に、何かがジタバタしているような音もする 章「やだあ、わたし太っちゃったのかなあ ? 何のこっちゃ。 第 数分後、僕は大文部の部室の前に来ていた。 理由を聞かれても、答えに困るけどーーーたぶん、慎太郎との会話で、久々に " 気が向い た〃んだろう。 " 来週スタ】ト…ってことは、今日部室に行っても、他の部員と鉢合わせて、気まずい思 いをすることもないだろうし。 のぞ 「まあ : : : ちょっとだけ、覗いていこうかな」 自分に言い聞かせながら、部室に入ろうとした、その時。 ガタンー っ