困惑するだけの雄真に向かって、別れ際にたった一一一一口、その誰かは言葉をかけた。 唇が動いているのは見えるのに、雄真はその一一一一口葉を最後まで思い出せなかった。 その『誰か』が鈴莉であると今では分かっているのに、別れ際に彼女が浮かべていた表情すら、 雄真は思い出せなかった : ☆☆☆ 雄真が春姫に「明日、話そう」と告げた『明日』とは、日曜日だった。 必然的に外で待ち合わせをして会、つことになった二人は、なんとなくデートのような感じに見え なくもない 駅前にあるオプジェの前という待ち合わせ場所からして、何かそれつほい。 雄真がそのことに気づいたのは、春姫と出会った二月のバレンタインデー前日以来、これで二度 す目となる彼女の私服姿を目にした時だった。 び「そんな浮かれた気分になってる場合じゃないんだよな、今の俺たちを取り巻く状況は」 そう自戒する雄真だったのだが : ・ 「あのお、雄真くん。どこかで話をする前に、ちょっと用事いいかな ? 再 「ん、別にいいけど : : : 用事ってなんだ ? 」 わ 雄真がそう疑問を口にすると、春姫は『船上のカトリーヌ』なるバリバリ それもペアチケットをおずおずと見せてきた。 の恋愛映画の前売り券、 757
ていたのだ。 その微笑ましい姿を目にして、雄真は心の中で誓った。 ( 春姫の魔法は、あの子を幸せにした : ・ : だから、今度は俺が春姫を幸せにしよう。いや、春姫と 一緒に幸せになっていこう : : : ) だから今、雄真はみんなの前ではっきりと宣一一一一口する。 「聞いてくれ ハ日向雄真は、神坂春姫を : : : 」 当の春姫を含めて、一同の口から一言葉を失わせるほどの雄真の熱い宣一言は、ヒラヒラと舞い落ち る桜の花弁に優しく溶けていった。 242
みんなの気持ちに、はびねす ! しまいましたとお詫びしないと : 普通なら俺をからかうための冗談で終わるんだろうけど、かーさんの場合、本気でや りかねない : : : 分かったよ、かーさん。そのお、したよ。春姫と : ・・ : キスを・・・・ : 」 「キスう—っ ? 外泊までしてキス止まり— ? 血気溢れる若い男女がそんなわけないでしょー これはやつばり春姫ちゃんのご両親のところに : そんな風に音羽の洗礼をさんざん受けた雄真にとって、次に待ち構えていた難関は、むろん、も う一人の家族、すももである。 音羽と違って、すももはいきなりストレートな一一一一口葉を雄真にぶつけてくる。 「兄さん : : : 兄さんは、姫ちゃんのことが好きですか ? 」 真剣な表情でそう尋ねてくるすももにごまかしは利かぬと、雄真もまた「ああ。俺は春姫が好き だ」とはっきり口にした。 それを耳にした時のすももの顔を、雄真はなんと表現したらいいか分からない。 ( 微笑んでいて : : ・・喜んでいて : ・・ : 泣きそ、つで・・・・ : 寂しそ、つで・・・・ : とにかく初めて見るすももの表 少しして、何かを決意したような顔を見せて、すももが口を開いた。 「 : : : そうですか。分かりました。では、姫ちゃんの幸せを願って、ここはわたしが一発兄さんに 活を入れましよう」 「そうか、頼む : : : って、なんで、すもも、お前が俺に活を入れるんだあ ? それに、その握り締 775
口にしてみた。小雪のチョコはもともとビター味だったが、 その本来の味以上に雄真はなんだかほ ろ苦く感じるのであった : そして : : : 雄真に降りかかる厄災はまだ終わっていなかった。 その後帰宅した際に、雄真の持ち帰ったバレンタインデーの戦利品の中から、本命つほい春姫の チョコを目にしたすももが、嫉妬からなのか暴挙に出たのだ。 「ふああい : 兄さん、ハッピーバレンタインですよ、 ) わたしが食べさせてあげますからね 5 ) 」 リビングにて、すももは自分で作ったチョコを口に咥えて雄真に迫る。 「ちょ、ちょっと待て、すもも。ロ移しかよっ ! そんな王様ゲームの嬉し恥ずかし罰ゲームみた : って、うつ、すもも、お前、酒臭いぞ。いくらそのチョコがお前手作りのチョコボンポン だからって、不自然なくらいに : : : あっ」 雄真がよく見ると、すももの顔は異様に上気していたし、リビングの床には現在海外出張中で不 在の父親、大義秘蔵のプランデーの空き瓶が転がっていた。 「うにや—、今日のバレンタインデーをお祝いして、ちょっとだけ祝杯を : : : 」 「いや、ちょっとだけって量じゃないだろ、すもも、お前の様子からして」 、兄さんの帰りが遅いからいけないんですよ—。その上、準さん以外から三つもチョコ をもらってくるなんて、許しませ—ん ! 」 「準のヤツはいいのかよ。わわっ、すもも、抱きついてくるな。顔を近づけてくるなあー 完全に酔っぱらいと化したすももは、再び口にチョコボンポンを咥えた状態で、雄真をソファー 2
そう考えると、雄真は新たに気になることが出てきた。小雪が『ある方』と口にした時、少し寂 しそうな視線を注いだ対象、テープルの上に蓋の開いた状態で置かれた桐の箱についてである。箱 の中には、一本の和笛が納められている。 雄真の表情でその心情を察した小雪の方から、和笛について話を向けてくる。 「雄真さん : : : その笛に何か感じ入るものがありますか ? 」 「あ、いえ、楽器の類はどれも得意じゃないんですけど : : : その笛を見てると、なんか不思議な気 持ちになってくるというカ : : : 」 上手く自分の感情の揺れを説明できない雄真に対して、小雪が告げる。 「それは、ある方が私に預けた形見なんです。本来、受け継ぐべき人がいるのですが、今の彼女に は渡すことができなくて : : : 」 小雪さんがある方とかわした約束、それには 「じゃあ、その彼女というのがあの伊吹のことで : などと、ワザワザ口に出して確認するほど、雄真は愚かではない。安易に他 その笛のことも : 人が足を踏み入れてはいけない問題なのだと理解し、いっか小雪の方から話してくれればと思う雄 真だった。 されど、最後に小雪の口から出た、「雄真さん、それであなたはこれからどうするつもりです ) ゝナこよ、雄真もキッパリと答える。 カ ? 」とし、つ日怛し力ししー 「とことん付き合うつもりです。小雪さんが約束を守るために動いているように、俺にもいるんで す : : : どうしても守りたい人が」 740
影を重ねて相手が今の自分を見ているとしたら、どうしたらいいのかな ? 」と。 いきなり雄真からそんな話をされて、準は一瞬目を見張り、すぐにニャリと白い歯を見せた。正 確に一一一一口えば、並の女の子では敵わないキュートさを有する準であるからして、ニャリではなくニッ コリという感じの、実に魅力的な微笑みだったが。 「な—んだ。こんなひとけの少ない場所に呼び出したから、てつきりあたしの数年来の想いを雄真 が叶えてくれるものだと思ってたのに」 「茶化さないでくれよ、準。俺は本気で : : : 」 「ハイハイ、分かったって。うん、初恋の人の面影ねえ— ・ : それって、雄真がワザワザ難しく 考えすぎなんじゃない ? 要は、雄真が春姫ちゃんのことを好きか嫌いか、二つに一つでしょ ? いつもの雄真らしくシンプルに考えなさいって」 「それはそうなんだろうけど : : って、おいっ ! 俺は相手が春姫だとは一一一一一口も : : : 」 ね「今さら、バレバレだって。あたしが気づかないと思う ? 雄真が春姫ちゃんに向けてる熱—い視 線に。まっ、あたしだけじゃないけどね。あれに気づいてないのはハチくらいよ」 「そ、そうなのか ? けど、頼む、準。まだハチにこのことは : : : あいつを除け者にするわけじゃ るふ 持一ないが、 ( チの風説流布能力は本人の自覚なしにすごいから」 「どうしようかな—。まあ、それはそれとして : : : 雄真、一つ言っておくね。どんな結果をもたら 一すにせよ、何事もし 0 かりと相手と向き合わないと、本当の恋愛なんてできないよ」 準の恋愛アドバイスといったところか、それを口にした時の彼女 : : : 否、彼は雄真の目に随分と もの 7 93
ハレンタインデーに、はひねす ! なく、今はこうして普通に親しくなっている。 とはいえ、先ほどのよ、つにいきなりタマちゃんを撃ち込まれたとあっては、さすがに雄真も何か 一一一一口わずにはいられない。 「あのお、 小雪さん。さっきのはいったい : 「雄真さんって意外と当たり判定が小さいんですのね。ガッカリです」 : ? 当たり判定って、格ゲーのキャラじゃあるまいし : : : それはつまり : : : やつば、俺 にョてるつもりだったとい、つことに : 「まさか。声をおかけしようと思ったのですか、気づいてもらえなかったらどうしようかと : : : そ う、困り果てていたところ、『 ! 』とかけ声を口にしましたら、なぜかタマちゃんが暴走して : 本当に不思議です」 「いや、不思議というよりも至極当然というか : : : で、俺に何か用事ですか ? 」 小雪相手にこれ以上真相を究明しても無駄と、あっさり話題を変えた雄真の顔を、小雪がじ—っ と見つめる。 「そんな風に言葉にしなくても : : : 小雪さん、俺の顔に何か ? 」 「まい。 相変わらずご不幸そうな相が : : : 素晴らしいです。それだけの厄災の相を持った人がこう して五体満足でいられるなんて ! 」 : それは逆にラッキーってことなのかな」 つつ 2
「えっ : 小日向くん、いきなり何を : : : だいたい、私、女の子ですし : : : 勇ましいというのはち よっと : : : 」 雄真の一一一一口葉に困惑を見せる春姫は、少し間を置いたのち、ポツリと洩らす。 「いつの間にか、周りのみんなが私に抱いている優等生のイメージの方に、本当は戸惑っているの 「だいぶ慣れたつもりでいるんだけど、やつばり今でもちょっと : ・ : 私はただ普通に魔法の勉強が 好きで、それに夢中になっているだけなのに : : などと安易なアドバイスを雄真はしない。 だったら、自然に振る舞えばいい : 自分にとって何が自然で何が不自然なのか、完全に理解している者はいないと分かっていたから に「つ、つ ゆえに、雄真はせめて今、自分が春姫にしてやれることを口にする。 「そっか : : じゃあ、俺だけは神坂さんのことを : : って、この呼び方がそもそも駄目なのかな。 そのお : : よかったら、これから『春姫』って呼んでもいいか ? 」 うなず やや唐突にも思える雄真のその提案に、春姫は頬を少し染めつつ、「うん : : : 」と頷いた。 一一人だけが知る、些細なその変化 : しかし、呼称の変更という周囲にとって分かりやすいものだけに、翌日にはもう『二人だけ』と し、つ、わ↓ノこ↓よ、ゝ ( し力なくなった。 すぐに察知したのは、やはり男心にも女心にも精通している人物、準である。
大団円で、はびねす ! 「もう : : : やめましよう : : : 伊吹様 : : : 」 「信哉、そなた、何を一一一口って : : : 」 「伊吹様 : : : 申し訳ありません。俺は形ばかりの忠義心よりも、真のそれを : : : 伊吹様にはなんと あがな しても生きていてほしいのです。俺の命で贖えるものならば、どのような罰でもお受けいたします。 ですから、これ以上はもう : だが、信哉が見せたその一一一一口葉と行動は、残念ながら今の伊吹には裏切りとしか、これで一人きり になったのだとしか受け取れなかった。 「信哉、そなたもかああ ! そなたまで私を : ・・ : ふふつ、ふふふ : : : そうか。そ、ついうことか。私 わ、′、」よ、つ に残ったのは、もはや姉様との約定のみ : : : この地を安寧に導くこと : : : そのためには『秘宝』の 力が : : : 誰にも、止めさせぬわあああっー 腹心という立場以上に頼りにしていた相手、信哉を失ったと思い込み、決定的な孤独感に苛まれ た伊吹の目に狂気が宿る。 信哉の行動に気を取られ、動きが止まってしまっていた春姫と杏璃がその伊吹のもとに急ぐが : その時にはもう遅かった。 「 : : : ボウ・ド・セル ! 」 『秘宝』の封印解除に要する呪文が完成してしまったのだ。 と同時に、水品が目を焼き焦がさんばかりの勢いで輝き、そこから魔力が渦を巻いて一点へと流 れ込む。一点とは、むろん、伊吹である。 229
( そう、俺は自分自身が信じられなかったんだ : : シアン・セムー 呪文は完成し、雄真の魔力が伊吹へと注がれていく。 同時に一一人の意識もまじり合い、雄真は温かな光がすべてを包み込んでいる真っ白な世界の中で 見た。伊吹が優しそうな女性、おそらくは那津音に抱かれている光景を。 その時、雄真自身も誰かに抱かれているような温もりを感じていた。 ある事実を知っていれば、その温もりが母の : : : 鈴莉のものだと雄真も分かったはずだ。 ・ : 鈴莉が渡したあの指輪こそが、彼女の十年来の魔法研究の賜物、雄真の膨大な その事実とは : 魔力の制御を可能にするために作った物だったのだ。 しかし、雄真はもはやそれを知る必要はなかった。 伊吹との意識のシンクロが解けていく最中、雄真は思い出した。 十年前、鈴莉が別れ際にロにした最後の一一一口葉を。 本当は雄真を人に預けるなんてしたくないの : : : そんな言い訳がましい言葉ではない。 恨むんなら限んでもいいわよ : : : そんな開き直った一一一一〕葉でもない。 ただ一一一一一口、その時、鈴莉は言った。 「また、会いましよ、つ・・・ : ・」 あまりにもサッパリとした鈴莉らしい言葉に、雄真は笑った。 その言葉を思い出せたことに感謝して、笑った。 : けど、今なら信じられる : : : ) 236