ート売り場に理性のタガが外れたオス一匹、ってね」 話題に上った『ハチ』なる人物のことはともかくとして、雄真は確かに少し立腹していた。バレ ンタインデー一色で装飾され、女の子たちがひしめき合ってキャアキャアと楽しそうにチョコを物 色する空間に、先ほどまで付き合わされていたことに。 雄真にそれを強要したのは、チョコを山ほど買い込んで大満足なご様子である人物、雄真の友人 わたらせしゅん の一人、『渡良瀬準』だ。 一見、自分以外の男にあげるチョコを買い漁ったカノジョに嫉妬している彼氏、といった感じに も受け取れる雄真と準の姿であったが、実情はまったく違う。 先ほどチョコ売り場にいた大勢の女の子たちと比べても、際立って可愛い容姿を有する準は : 間違いなく男なのだ。 男心をそそるサラサラのロングへア、女装と呼ぶのが似つかわしくない着こなしを見せるスカー トの下から覗くしなやかな足などなど、準の女らしさを挙げればキリがない みずはざか 雄真も一緒に通う瑞穂坂学園において、男なのに女生徒用の制服を着ていても、未だ誰からも文 句を一言われていないという事実一つでもそれが分かるはずだ。 「安心して、雄真。雄真にあげるチョコだけは、ト・ク・べ・ツだから ) 「そうか。それなら : : : って、ぜんぜん嬉しくないっての、それはー 「チェッ。雄真ってばけっこういい男なのに、浮いた話って聞かないから、てつきりそっちの方の 趣味だと : : : 」 7
「いら 0 しゃいませ。ご注文は = = ・・あれ 0 、『』では見かけたことのないその顔は = = = 」 儚げな声の正体は沙耶であり、その隣にはいつものように信哉の姿もあった。 小日向様。こちらを訪れるのは今日が初めてなのですが、立派な喫茶室なのですね」 「こんにちは、 「まあね。実はここの責任者がうちのかーさんで、今日の俺は臨時雇いなんだ」 「左様か。それで、小日向殿。沙耶が今申した通り、常は自炊の身ゆえ、こちらで食事を摂るのは たまわ なにとぞ 俺も初めてなのだ。何卒、ご教授を賜りたい、 「いや、ご教授とか言われても : : : 俺はいつもここでは定食オンリーだからなあ」 雄真はとりあえず一一人の雰囲気から和風定食を薦めたのだが、いざ出来上が 0 たそれを運んでい った時、沙耶と信哉の口から予想外の言葉が飛び出してきた。 「に、兄様 : : : 見たところ、この茶碗の中のものは : : : 白米です」 「うむ、確かに。贅沢なものだ。これに慣れて己を見失い、身を誤 0 てはならぬな」 「あのお = = ・・もしかして、一一人がいつも食べてるご飯 0 て精白米じゃなか 0 たりして ? 」 小日向様。日頃は玄米か、あるいは麦と雑穀を混ぜております」 び「はい は 聞けば別にダイエットなどの目的があ 0 てのことではないというから、凄まじい食生活である。 いちじゅういっさい 「じゃあ、ひょっとして : : : いつもは一汁一菜 : : : なわけないか」 「小日向殿、異なことを言うな。それが当然ではないか。三食頂けるだけでありがたいと思わねば。 きよそ ラその気概が日頃の挙措を正し・ : もはや、雄真が上条兄妹に一『〔える言葉はたった一つしかなかった。 7
めた拳は : : : グーパンチで、かよっ ! 」 「兄さんに拒否権はありません : : いきます」 確かに、雄真がすももに逆らえないのは小日向家の家訓のようなもので、彼は諦めた。 「ええと、できればお手柔らかに : : : おつ、さすがは我が妹 : : : 」 途中ですももの拳が開いたことからビンタで許してもらえると雄真は思ったのだが、それは間違 いだった。すももの手が開かれたのは雄真の顔に添えるためであり : : : 雄真は頬にチュッとすもも の唇の感触を覚える。 「えっ : : : すもも : 「エへへ : : これがすもも流の活ですよ。もしも姫ちゃんを不幸にするようなことがあったら、次 はほっぺたから唇にいっちゃいますからね」 雄真が理解できたかどうかはともかくとして、今の行為はすももにとって一つのケジメであった そのような小日向家の朝の光景から始まった、週明けのこの日。 例の『秘宝』に纏わる事態に、大きな変化があった。 それについての一報を、昼休みの占い研究会の部室にて、雄真は小雪から聞かされる。 「 : : : 雄真さん、実は『秘宝』の件で、私の母から今朝情報が届きました」 「えつ、 小雪さんのお母さんというと確か : : : 『母は遠いところに旅立ちました』とか最初小雪さ んが一言うもんだから、俺はてつきり亡くなったもんだと思ってたら、『本場のスコッチを手に入れ あきら 7 76
この短い会話だけを見ても分かるように、本人曰く『爽やかナイスガイ』のハチは、実際のとこ ろ、ちょっと濃ロの熱血バカだ。まあ、ハチの主な役どころは『オチ担当』というか、準にオモチ ひらいしん ヤにされる、もしくは理不尽な被害を受けるか、なので、雄真にとってはまさに避雷針という意味 でナイスガイだったが。 「それはそれとして : : : ところで、お兄様。キミの賢妹、すももちゃんからオレにと預かっている : ほれほれ、もったいぶらすに出し 物があるだろ ? 例えば、チョコとか。あるいはチョコとか : たまえよ」 「ねーよ、そんなもん。チ〇ルチョコのひとかけらすら、な」 「フツ、そーだよな : : : やつばり基本は手渡しだよな : : デへ」 「こらこら、またそんな勝手な妄想を : : : ん ? 確か、ハチとは去年も同じようなやり取りをした ような・ : ・ : それにだ。そんなにチョコが欲しけりや、準にもらえよ」 しよせん 「バカ一一一一口うな。準は確かにそこらの女の子よりも可愛い。それは認めよう。しか—し ! 所詮は男。 そんなャツからチョコをもらって、何が嬉しいというのだあ ! 」 ハチの高らかなその宣言に対して、雄真ではない人物からツッコミが入った。 ハチってば、そーだったんだあ。ふ—ん : : : 」 その人物とは、いつの間にか雄真とハチの登校に合流していた準である。 「ゲッ、準 ! もしかして : : : 今の、聞いちゃったりとかしてたのか ? 」 「さあ、どうかしらねえ : : : あっ、雄真あ、はいつ、チョコ ) 雄真のだけは他のと違って特別だ 0 2
「それで、兄さんにはよく助けてもらって : : : でも、兄さんと一緒に住む以前は、その役目を姫ち ゃんが担当してくれてたんです。すごく勇ましかったんですよ、姫ちゃんってば」 「えっ ? あの神坂さんが男の子相手に ? ちょっと信じられないなあ」 昔の春姫と今の春姫のイメージのギャップ、そのこと以外にも、雄真はすももの話の中に違和感 を覚える部分があった。 「なあ、すもも。大したことじゃないんだが : : : 俺がここに住む以前、たまに遊びにきていた時も、 お前をいじめっ子から助けたことあったんじゃないか ? 「はあ ? それは : : : 一度くらいあったかもしれませんね。でも、わたしの印象に残っているのは、 やつばり一緒に暮らすようになってからですよ。わたしがピンチになると、どこからともなく兄さ んがピューツと現れて : : : 」 「いや、そこまでのもんじゃ : : : だいたい 俺はテレビのヒーローじゃないんだし」 ね「いいんですよ。わたしにとってはヒーローなんですから、兄さんはー は そう力説するすももに、雄真は「分かった、分かった」と、この話題を切り上げた。 ( あの事件は、確かに俺がこの家にくる前のことで : : : けど、それについてはもういいか。第一、 すももの前であの事件のことを口にしてはいけないんだ : : : すももの優しい性格を考えたら、きっ と俺がああしたことを自分の責任のように感じて : : : ) ☆☆☆ 新 雄真が過去に起きた出来事に思いを馳せていた、同じ頃のことだ。 5
「君たち、そこまでにしたら ? 女の子にイジワルするなんて最低の男の子のすることよ」 飽くまでも相手を諭すような穏やかな口調でもって、イジメの仲裁に入ったのは : : : 雄真たちと おびや 同年代くらいの、綺麗に編み込んだ髪と前髪を留める二つの髪留めがよく似合う、準をも脅かすほ どの可愛い女の子だった。 しかし、雄真が突如現れた女の子に注目したのは、その容姿にあらす、彼女が手にしていた長い トランペットのような物 : : : 魔法使いなら誰でも所持し、一人一人形状の異なる杖、『マジックワ ンド』の存在だ。 「あの子 : : : 魔去吏、 、冫イし、なのか ? じゃあ、まさか魔法を使っていじめっ子たちを : : : つぶや 何かを危具した雄真のその呟きは、杞憂に終わった。 確かに魔法使いの彼女は魔法を使ったが、それは男の子たちを追い払ったのち、綺麗にラッピン グされたチョコがその包装ごと潰れてしまったのを元に戻すためだった。 「わあー、すごーい、お姉ちゃん」 「そんなことないわよ。今のはね、あなたの想いがチョコに通じたの。私はちょっぴり手助けした だけ。だって : : : そのチョコ、好きな男の子にあげるんでしょ ? 」 「・ : : ・うん」 「そう : : : その想い、大切にしてね」 二人のそんな微笑ましいやり取りをばんやり眺めていた雄真の耳に、準の「あっ ! 。といき なりあげた大声が届いた。 きゅう
「おいおい、 ハチ。番号知ってたらするのかよ、イタズラ電話を」 そんな無意味な会話を続ける一一人をよそに、社交的な準がサッサと春姫に声をかける。 「は—い、春姫ちゃ—ん。覚えてる、あたしのこと ? 」 「あ、おはようございます。確か : : : 渡良瀬さん、でしたよね ? それに、 小日向くんも。やつば りいつもご一緒なんですね、お二人は」 「もっちろ—ん。雄真とあたしは中学からず—っと同じクラスで、これは運命なのよね—」 「おいおい、腕を組むなって、準。それに、運命なんかじゃない。単なる腐れ縁だ」 「ふふつ、小日向くんったら、今さら照れ隠しなんてしなくてもいいですよ」 「いや、照れ隠しなんてもんじゃ : 雄真は思い出した。春姫には、準と恋人同士だと勘違いされている事実を。 そして、気づく。クラスメートならいずれは準が男であると春姫も知るだろうが、それを待って いた場合、別の誤解、つまり自分が男色家と思われる危険性のあることに。 「か、神坂さん、聞いてくれ。実は、この準のことなんだけど : ところが、誤解を解こうとする雄真の説明は途中で邪魔された。雄真が春姫と顔見知りだと知っ たハチによって。 「どういうことだ、どういうことだ、雄真ああっ ! どうして、お前かオレの姫と ! 」 「ハチ、いきなり『オレの姫』って : : : あっ、いや、とにかく落ちつけ、ハチ。ちゃんと説明する から。俺と神坂さんは、単にたまたま街中で一度会っただけで :
「 : : : 高峰先輩から、話は一通り聞きました。いくらすももちゃんのことが心配で心配で仕方ない : 高峰先輩が一一一一口うところのシスコンだとしても、盗み聞きは盗み聞きです」 もとはといえば小雪さんが : : : 」 : またしてもシスコン呼ばわりか。たしたし 「小日向くん、言い訳なんて男らしくないです」 「ご、ごめん : : : なんと言われようと、全面的に俺が悪かったです」 ひたすら平謝りする雄真を前にしても、春姫にはまだ気になることがあった。 小日向くんはどこまで話を聞いていたんです ? 「それで : ・ 「ええと、確か、神坂さんの初恋がどうとかって : : : もしかして、あの続き、聞かせてもらえるの かな ? 小日向くんってば ! そんなこと一言うところを見ると、盗み聞きの件、ぜんぜん反省し 「も—う ていませんね ! 」 ばんそうこう 怒りに任せて、春姫はバシッと雄真の腕の傷に叩きつけるように、絆創膏を貼りつけた。思わず す ひ「いてえっ ! 」と雄真が悲鳴を上げるほどの勢いで。 小日向くんが悪いんですからね、やつばり」 「あっ、ごめんなさい。でも : で 自らの初恋話を盗み聞きされそうになったこともあって、常には見せない春姫の剣幕である。だ 委 が、雄真はそれに恐れ入るよりも、つい笑みをこばしてしまう。 「、ハッ : : : すももから聞いた昔の神坂さんの勇ましかったっていうイメージ、それってあんまり 想像できなかったんだけど、今なら少しは分かるかな」 8
雄真の呟きは、信哉を今助けた呪文の詠唱者、その正体を指し示していた。 ヴァイオリンを模したマジックワンドを手にして、沙耶がこの場に姿を見せたのだ。 「沙耶、か。助かったぞ : : : と言いたいところだが、不手際だな。無関係な一般人を巻き込まぬた めの処置、人除けの結界を任せたはずだ」 「兄様、申し訳ありません。ですが、確かに結界は発動しているはずで : : : 」 「ちょっと ! 何ゴチャゴチャ言ってんのよ。これで二対二、望むところじゃない ! 」 上条兄妹揃い踏みにますます闘志を燃やす杏璃だが、こうなると逆に双子ゆえコンビネーション には置れているはずの信哉たちの方が有利だろう。 ところか : 「貴殿らが我らを阻む者と分かっただけで、今宵は十分だ。そして、我らの受けた主命は戦いその ものにあらず。それでも、どちらがこの場で命拾いをしたのかは、いずれまた日をあらためて : ふうしんらいじん す 信哉はそう告げるやいなや、彼のマジックワンド『風神雷神』を振るった。 とどろ ね 轟く雷鳴と閃く雷光、それをめくらましとして、信哉と沙耶はこれこそ鮮やかな引き際という び のだろう、立ち去っていった。 「あっ、ちょっと待ちなさいって : : : くつ、もういない。信哉のヤッ—、命拾いしたのは絶対そっ 委ちだっての ! 」 、わば、それ キッパリとそう言い切る杏璃も、それほど自分の力を過信しているわけではない。し をあえて口にすることで自分を叱咤激励しているのだろう。 ひらめ
これなら : : : ) 何事か思いついた雄真は、信哉に向かって叫んだ。 「信哉あ ! お前なあ、環境保護ってもんを考えろ ! あんなにバッサバッサと木を切り倒しやが って。あれだけの大木が育つのに何年かかると思ってんだ ! 」 あまりにもこの場にそぐわない雄真の糾弾に、春姫と杏璃の目は一瞬、点になった。 ところが、糾弾の対象である信哉は意外にもまともに受けとめたようだ。 「むつ : : : 確かに小日向殿の言葉にも一理ある。されど、俺が主に感じている義と天秤にかけるに は、やはりそれでは足りぬな」 「くそっ、駄目か : : : 地球に優しくないャツだ」 「それに : 小日向殿は我らを舌先一二寸でごまかそうとしていないかな。もしもそうだとしたら、 俺は小日向殿のことを見誤っていたようだ」 ね 「軽蔑する、ってか、信哉 ? それならそれでもいいさ。とにかく俺は春姫と杏璃、そしてお前た はち兄妹にも : : : 誰にも魔法なんてもんで傷ついてほしくないんだ ! 」 雄真が言い放った、舌先三寸どころかまぎれもない本音に対して、この場に姿をまだ現していな キ - か 0 た誰かが敏感に反応した。 日向の兄よ」 「魔法なんてもの : : : とは言ってくれるな、小 ア 一雄真のことを『小日向の兄』と遠回しに呼ぶ者は、一人しかいない。 フ 突如、信哉の横に目映い光の柱が生まれた。その光が収まると、そこには今の声の主である人物、 きゅうだん